東京目黒 逮捕 特殊詐欺事件(窃盗,詐欺事件の未遂の成否)
- 2022.03.01
- コラム
弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部
特殊詐欺事件のキャッシュカードすり替え事件について,弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部が解説します。
東京都目黒区在住のXとYは,高齢者のキャッシュカードを用いて銀行から現金を引き出すことを考えた。犯行計画としては,まずXが警察官をかたって被害者に電話をかけ,被害者の銀行口座が不正に使用されておりキャッシュカードを使用できない状態にする必要があるところ,これから封筒を持った警察官を向かわせるので,その封筒にキャッシュカードと暗号番号を書いた紙を開封せずに自宅に保管してほしい旨伝え,その後警察官をかたったYが被害者宅にて,被害者がその場を離れた隙にあらかじめ用意していた封筒とすり替えて,キャッシュカードと暗証番号を書いた紙を窃取するというものである。2022年1月5日午前10時,XはA(88歳)に電話をかけ,犯行計画通りの内容をAに告げた。Aは「分かりました。すぐ用意します。」と言い,Xに指示通り準備をした。午前11時頃,YはA宅を訪れ,「警察官の者です。ではこちらに入れてください。」と言い,続いて「印鑑も必要なので取ってきてもらえますか。」と言ってAをその場から離れさせた。Yはその隙に封筒をすり替えようとしたところ,近くで歩いている碑文谷警察署の警察官に気付き,封筒をすり替えることなくA宅から出た。その後,Yは職務質問を受け,そのまま逮捕され,後にXも逮捕された。
この場合,X及びYは何の罪に問われるでしょうか。
*フィクションです。
・窃盗罪の成否
オレオレ詐欺のように,高齢者から現金をだまし取る特殊詐欺事件は一昔前から発生していますが,近年では今回のような,カードすり替え事件が多く発生しています。今回のケースでは,掛け子が警察官をかたり電話をし,受け子が被害者からキャッシュカードと暗証番号を書いた紙を奪おうとした場合です。この場合,どのような罪が成立するのか,以下検討します。今回問題となる窃盗未遂罪については,刑法243条,235条に記されています。
第243条(未遂罪)
第235条から第236条まで、第238条から第240条まで及び第241条第3項の罪の未遂は、罰する。
第235条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
犯罪が成立するには,「構成要件に該当し違法且つ有責な行為」である必要があるので,構成要件に該当するか,から検討します。243条にて「第235条…の罪の未遂は,罰する。」とあるので,235条の未遂罪の成否を検討します。
第一に,「他人の財物を」です。「他人の」とは,他人が占有する(事実上支配している)他人の所有物をいいます。今回のケースでは,キャッシュカードはAの占有するAの所有物なので,「他人の財物を」に該当します。
第二に,「窃取した者」です。「窃取」とは,「占有者の意思に反して,財物を自己又は第三者の占有下に移す行為」を指します。そしてこれは,欺罔行為を手段とする場合でも,被害者の意思に反して財物の占有を取得するのであれば,窃取にあたります。例えば,「あ,UFOだ。」と言い,被害者が目を離した隙に被害者の意思に反して物を奪う行為は,窃取にあたるということです。今回のケースでは,Yが「印鑑も必要なので取ってきてもらえますか。」と言ってAをその場から離れさせ,その隙にすり替えてキャッシュカードと暗証番号を書いた紙を取得しようとしました。Aとしては,Yにキャッシュカードと暗証番号を書いた紙を渡すのではなく,自宅で保管する作業のために印鑑を取りに行ったので,キャッシュカードと暗証番号を書いた紙を取得するのは、Aの意思に反しているといえます。そして、Yのこのような行為は、Aがその意思に反してキャッシュカードと暗証番号を書いた紙をYに取得される危険性を生じさせるもので、Yは「窃取」行為に着手したといえます。もっとも,Yはすり替えることなくその場を離れたので,「窃取」行為に着手したものの財物を奪うという結果は生じておらず,未遂罪にとどまります。
第三に,条文には書かれていませんが,窃盗(未遂)罪が成立するには不法領得の意思が必要です。不法領得の意思とは,①権利者を排除して所有者として振る舞う意思(権利者排除意思)と②物の経済的用法に従い利用又は処分する意思(利用処分意思)からなります。今回のケースでは,キャッシュカードを取得し自己の所有物としようとしており(①),また同封されていた暗証番号を用いてAの口座から現金を引き出そうとしている(②)ので,不法領得の意思があるといえます。
次に違法性と責任ですが,違法性に関しては正当防衛(36条1項)などの事実はなく,責任に関してもX及びYは心神喪失者等ではないので,X及びYの上記行為に窃盗未遂罪(243条,235条)が成立するといえそうです。
なお,両者は「2人以上共同して犯罪を実行した」(60条)といえるので共同正犯が成立します。
・窃盗罪と詐欺罪の違い
今回のケースでは,X及びYの行為に窃盗未遂罪が成立しますが,詐欺罪が成立するのではないかと考えた方がいるのではないでしょうか。
詐欺罪は刑法246条に記されています。
第246条(詐欺)
1 人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
詐欺罪では「人を欺いて財物を交付させ」る行為を罰しますが,今回のケースでもXはAに銀行口座が不正に利用されているという虚偽の内容を告げているので,詐欺(未遂)罪が成立すると考えられそうです。しかし,「欺いて」とは「相手方が財産的処分行為(交付)をするための判断の基礎となるような重要な事実を偽ること」を指し,相手方の財産的処分行為に向けられていなければ詐欺罪ではなく窃盗罪が成立します。つまり簡単にいうと,被害者の意思に沿って物を取得した場合は詐欺罪,被害者の意思に反して物を取得した場合は窃盗罪が成立するということです。今回のケースでは,前述した通り,Xは虚偽の内容を告げAは錯誤に陥っているものの,Aとしてはキャッシュカード等を自宅で保管すると考えており,X及びYに渡すつもりはありません。それにもかかわらずキャッシュカード等を取得しようとしているので,窃盗(未遂)罪が成立するということになります。なお,今回のケースと異なり,仮に被害者宅に保管ではなく,Yに渡すよう電話をかけていた場合にはYにキャッシュカード等を渡すのは、被害者の意思に沿っているので,詐欺罪が成立します。
・刑罰について
では,成立したとしてどのような刑罰が科せられるでしょうか。本条では,「10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」と書かれています。よって期間については「1月以上10年以下」,罰金が科せられる場合については「1万円以上50万円以下」となります。
・まとめ
よって,X及びYの行為は窃盗未遂罪(243条,235条,60条)にあたり,刑罰については「1月以上10年以下」の懲役又は「1万円以上50万円以下」の罰金が科せられるということになります。刑に関しては,ケースのような特殊詐欺は一般的な窃盗よりも重く処罰される傾向にあります。また、前科前歴の有無,情状酌量の余地の有無等によって変わります。
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