東京 市ヶ谷 逮捕 業務上横領
- 2020.12.15
- コラム
弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所 東京支部
弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部が,業務上横領について解説します。
東京都千代田区在住のYは、IT会社に勤めており、2020年4月から経理部の主任となった。同年6月、会社の業績が前年と比べて大黒字となり、Yは「この機会に会社の金を少し貰おう。」と考え、会社の預金口座から自らの預金口座へ1000万を会社に無断で送金した。同年7月、新しく経理部の副主任となったAが、会社の預金口座を確認したところ、取引とは全く関係のない不正なお金として1000万円が会社の預金口座から支払われていることに気付いた。Aはすぐさま主任であるYに報告したが、Yが挙動不審であったことから、Yが横領したのではないかと思い、密かに社長と相談したうえで、麹町警察署に通報した。その後麹町警察署の取調べにより、Yが横領したことが明らかとなったため、Yは麹町警察署に逮捕された。
この場合、Yは何の罪に問われるのでしょうか。*ケースはフィクションです。
・業務上横領罪
第253条(業務上横領)
業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の懲役に処する。
業務上横領罪については、刑法253条で記されています。一般的な単純横領に比べ、業務上の横領は財物の占有者が会社である場合が多いため、法益侵害の範囲が広く、また会社の信用性を著しく害する恐れがあります。このことから、処罰も単純横領罪より加重されています。今回は、業務上横領罪について【ケース13】を基に検討し、さらに追加として横領罪と背任罪との違いについても解説していきます。
犯罪が成立するには、「構成要件に該当し違法且つ有責な行為」である必要があるので、まずは構成要件に該当するかから検討します。
第一に、「業務上」ですが、業務とは「社会生活上の地位に基づいて反復・継続して行われる事務」を指します。そしてその事務は、本来的事務であるか、付随的事務であるかは問わないとされています。なお、「業務上」にあたらない場合は、単純横領罪として検討されます。今回のケースでは、YはIT会社に勤めており、また経理部の主任であることから会社の経理を普段から管理する立場であるといえます。よって、「業務上」に該当します。
第二に、「自己の占有する」ですが、本条の「占有」とは物に対し、委託関係に基づき「事実上又は法律上の管理・支配」を及ぼしている状態を指します。法律上の支配に基づく占有者の例として判例では、不動産に関する登記簿上の名義人や、預金の名義人等を占有者として認めています。今回のケースでは、Yは経理部の主任であるため、会社の預金口座を管理する立場であるといえます。よって、「自己の占有する」に該当します。
第三に、「他人の物」ですが、これは行為者以外の自然人又は法人の所有に属するという意味です。今回のケースでは、預金口座はY所有ではなく、会社の所有物であるため、「他人の物」に該当します。
第四に、「横領した者」ですが、横領とは「不法領得の意思を発現するすべての行為」を指すとされています。ここでの不法領得の意思の内容は、「他人の物の占有者が委託の任務(趣旨)に背いて、その物につき権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする意思」とされています。不法領得の意思についての詳細な解説は【ケース9】を参照してください。今回のケースでは、Yは会社のお金を管理する立場にありながらその趣旨に背いて、会社の預金口座から自己の預金口座へ1000万円を送金しました。この送金行為は本来会社が取引において行うものであるのにも関わらず、Yは会社に無断で本件行為に至りました。よって、Yは「横領した者」に該当します。
次に、違法性と責任ですが、違法性に関しては正当防衛(36条1項)などの事実はなく、責任に関してもYは心神喪失者等でないので、以上見てきたことをまとめるとYの行為に業務上横領罪(253条)が成立するといえそうです。
・横領罪と背任罪との違い
以上から今回のケースでは、業務上横領罪が成立しそうですが、似たような刑法犯として背任罪という罪があります。背任罪については、刑法247条で記されており、また単純横領罪については刑法252条に記されています。
第247条(背任)
他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
第252条(横領)
1 自己の占有する他人の物を横領した者は、5年以下の懲役に処する。
2 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。
横領罪との違いは主に3つあります。1つ目は、横領罪が個別財産に対する罪であるのに対し、背任罪は全体財産に対する罪である点です。個別財産に対する罪とは、財物及びそれ以外の個々の財産権を侵害する犯罪をいいます。今回のケースのように、金銭等を奪う行為は、個別財産にあたります。一方全体財産に対する罪とは、被害者の財産状態全体に対して侵害が加えられ、損害が生じた場合に成立します。例えば今回のケースでいえば、取引に重要な情報や権利などを会社に不利益となる形で第三者に譲渡し、会社の業績が著しく悪化した場合、背任罪となります。もっとも、個別財産を侵害すれば、全体財産を侵害することになる場合が多いです。2つ目は、横領罪には未遂処罰規定がないが、背任罪には未遂処罰規定があるという点です。今回のケースでいえば、送金をしようと銀行に行って手続きをしたものの止められたという場合、業務上横領罪は成立しないということです。3つ目は、横領罪の客体は財物に限られますが、背任罪の客体は財物に限らないという点です。物ではない情報や権利等については横領罪は成立しません*2。以上が主な違いですが、他人の事務処理者が自己の占有する他人の物について不法な処分を行った場合、両罪の構成要件に該当するため問題となります。この場合判例や学説では、横領罪が成立すれば背任罪は成立しないとしています。つまり、先に横領罪の成否を検討し、否定されれば背任罪成立となるのです。具体的な区別基準として判例では、名義と計算という基準を用いています。名義とは誰の名前であるか、計算とは経済的損失や利益が誰に帰属するかということです。つまり、自己の利益のために(自己の計算で)、他人の物をあたかも自分の物であるかのように(自己の名義で)処分していたと評価されるときには横領罪が成立するということです。これは不法領得の意思の発現と同様な意味を持つといえるでしょう。なお、横領罪の類型に業務上横領罪があるように、背任罪にも特別背任罪というのが会社法960条に記されています。
・刑罰について
では、成立したとしてどのような刑罰が科せられるでしょうか。本条では、「10年以下の懲役に処する。」と書かれています。なので期間に関しては、「1月以上10年以下」となります。
・まとめ
よって、Yは業務上横領罪(253条)にあたり、1年以上10年以下の懲役が科せられるということになります。
刑に関しては犯罪の内容の他、初犯か前科を持っているかによっても変わります。