東京世田谷 逮捕 飲酒運転ひき逃げ事故
- 2022.01.30
- コラム
弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所 東京支部
飲酒運転ひき逃げ事件について,弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部が解説します。
2021年11月11日午前2時頃、世田谷区在住のXは、自動車を運転し明大前駅に向かっていた。交差点を対面信号機の表示する青色信号に従って時速約55kmで直進する際、運転開始前(2時間前)に飲んだ酒(缶ビール350ml×2)の影響により前方左右を注視しなかったため、横断歩道上を信号に従わないで右方から左方に向かい歩行してきたZに気付かず、そのまま自車左前部を衝突させた。その結果、Zは路上に転倒し、頭蓋骨骨折等の傷害を負い、外傷性ショックにより死亡した。Xは、「やっちまったなあ。とりあえず酒だけでも抜かないと。」と考え、事故現場から逃走し、同日午前2時10分頃から午前4時10分頃までの間の約2時間、X宅で酒が抜けるのを待った。午前4時30分頃、Xが現場に戻ると、北沢警察署の警官が駆け付けていたため、事情聴取の後、Xは北沢警察署に逮捕された。
この場合、Xは何の罪に問われるでしょうか。
*フィクションです
・過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪の成否
交通事故を起こした際に、飲酒運転であることを隠すため、その場でアルコールを摂取するなどして、飲酒運転の事実を隠ぺいしようとする場合があります。今回のケースでは、アルコールの影響により前方左右を注視しなかったために歩行者を死亡させ、さらに、自宅に戻り酒が抜けるのを待った場合です。この場合、どのような罪が成立するのか、以下検討します。今回問題となる過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪については、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律4条に記されています。
第4条(過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱)
アルコール又は薬物の影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転した者が、運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた場合において、その運転の時のアルコール又は薬物の影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的で、更にアルコール又は薬物を摂取すること、その場を離れて身体に保有するアルコール又は薬物の濃度を減少させることその他その影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為をしたときは、12年以下の懲役に処する。
犯罪が成立するには、「構成要件に該当し違法且つ有責な行為」である必要があるので、構成要件に該当するか、から検討します。
第一に、「アルコール又は薬物の影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転した者」です。「正常な運転に支障が生じるおそれ」とは、正常な運転が困難な状態には至っていないものの、「アルコール又は薬物の影響」で自動車を運転するのに必要な注意力及び操作能力が相当程度低下して危険な状態のことをいいます。該当する例として、道路交通法の酒気帯び運転程度のアルコール濃度(血中アルコール0.3mg/ml、呼気中アルコール濃度0.15mg/l)が体内にある場合は当たり得るとされています。なお、これらの判断は総合的になされます。今回のケースでは、本件事故時のX体内アルコール濃度について具体的に記載されていないものの、運転開始の2時間前に計700mlのビールを飲んだ場合には、上記基準に該当する可能性が高く、かかる場合一般的に、運転に必要な注意力及び操作能力が低下していたと考えられます。よって、Xは「アルコール又は薬物の影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転した者」に該当します。
第二に、「運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた場合」です。「運転上必要な注意を怠り」とは、自動車運転の注意義務違反を指します。代表的な例としては、携帯電話を見ながら運転する、わき見運転が挙げられます。今回のケースでは、確かに被害者であるZは横断歩道上を信号無視して歩行していましたが、横断歩道がある場所ではいつ歩行者が出てきてもおかしくなく、運転者側もその点を考慮して運転する必要があります。加えて、仮に本件事故が深夜であることに鑑み、Zの歩行が予想外であったとしても、運転者は歩行者の横断行為を見た際にはすぐさまスピードを落とす必要があります。それにもかかわらず、Xは前方左右を注視せず、自車左前部を衝突させました。以上を考慮すると、Xの行為に注意義務違反が認められるといえます。また、その結果Zは死亡しています。よって、「運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた場合」に該当します。
第三に、「その運転の時のアルコール又は薬物の影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的で、更にアルコール又は薬物を摂取すること、その場を離れて身体に保有するアルコール又は薬物の濃度を減少させることその他その影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為をした」です。まず、「更にアルコール又は薬物を摂取すること、その場を離れて身体に保有するアルコール又は薬物の濃度を減少させること」については、「その他その影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為」の具体例を指しています。次に、「その運転の時のアルコール又は薬物の影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的」ですが、これは、本罪の成立をそのような意図や動機を特に確定的又は積極的に有しているような場合に限定する趣旨ではなく、上記行為の場合、特段の事情が無い限り推認され認められるとされています。今回のケースでは、Xは、「やっちまったなあ。とりあえず酒だけでも抜かないと。」と考え、事故現場から逃走し、同日午前2時10分頃から午前4時10分頃までの間の約2時間、X宅で酒が抜けるのを待ちました。右行為は、例示二つ目の「その場を離れて身体に保有するアルコール又は薬物の濃度を減少させること」に該当するため、明らかにアルコールの影響の有無の発覚を免れようとしており、また特段の事情も無いので、Xの上記行為は「その運転の時のアルコール…の影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的で、…その場を離れて身体に保有するアルコール…の濃度を減少させる…行為をした」に該当します。
次に、違法性と責任ですが、違法性に関しては正当防衛(刑法36条1項)などの事実はなく、責任に関してもXは心神喪失者等でないので、以上見てきたことをまとめるとXの行為に過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪(4条)が成立するといえそうです。
・道路交通法違反について
Xの上記行為には、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律4条だけでなく、道路交通法(以下、道交法)違反にあたる可能性が高いです。具体的には①救護義務違反(72条1項前段、117条1項、2項)と②報告義務違反(72条1項後段、119条1項10号)です。
第72条(交通事故の場合の措置)
交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。
第117条
1 車両等(軽車両を除く。以下この項において同じ。)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において、第72条(交通事故の場合の措置)第1項前段の規定に違反したときは、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
2 前項の場合において、同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
第119条
次の各号のいずれかに該当する者は、3月以下の懲役又は5万円以下の罰金に処する。
10 第72条(交通事故の場合の措置)第1項後段に規定する報告をしなかつた者
まず、①については、本件事故発生後、XはZを「直ちに」「救護」し、「道路のおける危険を防止する等必要な措置を講じ」る義務がありました。それにもかかわらず、何ら右措置を講ぜず自宅に帰り、また、本件事故は「運転者」であるXの「運転に起因」し、Zも「死亡」しているので、上記行為は救護義務違反に該当します。
次に、②については、本件事故発生後、Xは「直ちに最寄りの警察署の警察官」に事故の詳細や講じた措置等について「報告」する義務がありました。それにもかかわらず、Xは上記同様、何ら報告をしていません。なお、Xは再度事故現場に戻り北沢警察に事情聴取の形で事故について報告しているとも思えますが、Xは「直ちに」行っていないので、右行為は報告義務違反に該当します。
・刑罰について
では成立したとしてどのような刑罰が科せられるでしょうか。まず、過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪については「12年以下の懲役に処する。」と書かれています。よって、期間については「1月以上12年以下」になります。次に道交法の救護義務違反については「10年以下の懲役又は100万円以下の罰金」、報告義務違反については「3月以下の懲役又は5万円以下の罰金」と書かれています。そして両義務違反は救護も報告もせずに自宅に帰宅したという一つの行為でなされたため、「一個の行為が二個以上の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する」(刑法54条1項前段)にあたり、前者の「10年以下の懲役又は100万円以下の罰金」が科せられます。さらに、これと最初の発覚免脱行為は併合罪の関係になります。いずれの罪でも懲役刑を科す場合、「その最も重い罪について定めた刑の長期にその二分の一を加えたものを長期とする」(47条)ため、12+6=18となり、長期は18年以下になります。
以上をまとめると、「1月以上18年以下の懲役」又は「1月以上12年以下の懲役及び100万円以下の罰金」が科せられることになります。
・まとめ
よって、Xの上記各行為は①過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪、②道交法の救護義務違反、③報告義務違反にあたり、「1月以上18年以下」の懲役又は「1月以上12年以下の懲役及び100万円以下」の罰金が科せられるということになります。
刑に関しては、前科の有無、情状酌量の余地の有無等によって変わります。
北沢警察署 〒156-0043 東京都世田谷区松原6丁目4-14 TEL:03-3324-0110