幼児置き去り事件~保護責任者遺棄致死罪~
- 2021.09.05
- コラム
あいち刑事事件総合法律事務所 東京支部
幼児置き去り事件~保護責任者遺棄致死罪~について,弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部が解説します。
東京都港区在住のKは、子供F(4歳)と共に車でスーパーに買い物へ行った。駐車場へ着くと、Kは、Fを車に残して店内へ向かった。その際、外の気温が約35度であったため、Fはエアコンを付けるか迷ったものの、「すぐ戻るし大丈夫だろう。」と思い、エアコンを付けず車の鍵を閉め、その場を離れた。1時間後、同駐車場を歩いていたHは、車中で子供が倒れているのを目撃したため、すぐさま近くの病院と愛宕警察署に通報した。Hの通報から5分後、Kは買い物を終え車へ戻ろうとすると、警察官と救急車が自己の車を囲んでいるのを見たため、Fに何かがあったと思い、車の方へ駆け付けるとFが後部座席で横たわっていた。その後、Fは病院に運ばれたが、死亡が確認され、死因は脱水症状であった。これを受け、Kは愛宕警察署に逮捕された。
この場合、Kは何の罪に問われるでしょうか。
*フィクションです。
・保護責任者遺棄致死罪の成否
気温の高い7,8月になると、子供を車内に置き去りにし、そのまま子供を死亡させてしまうニュースを耳にすることが多くなります。今回のケースでは、35度を超える炎天下の中、子供を置き去りにし死亡させた場合を取り扱います。
このような場合、どのような罪が成立するのか、以下検討します。保護責任者遺棄罪・不保護罪については刑法218条に、遺棄等致死傷罪については219条に記されています。
第218条(保護責任者遺棄等)
老年者、幼年者、身体傷害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する。
第219条(遺棄等致死傷)
前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
犯罪が成立するには、「構成要件に該当し違法且つ有責な行為」である必要があるので、構成要件に該当するか、から検討します。まずは218条から検討します。
第一に、「老年者、幼年者、身体傷害者又は病者を保護する責任のある者が」ですが、これは法律上責任を負う者です。本条で保護責任が認められる典型例として、親の子に対する義務(民法820条)や、夫婦間の扶助義務(民法752条)などが挙げられます。
第752条(同居、協力及び扶助の義務)
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
第820条(監護及び教育の権利義務)
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
これらは法令によるものですが、他にも、契約・事務管理(cf.契約によって幼児の養育を引き受けた場合、病気で倒れている隣人を自宅に引き取った場合)、慣習・条理(cf.保護者的地位にある場合、交通事故などの先行行為によって救助義務を負う場合)によっても、法律上の責任として、保護責任が認められます。なお、これらは形式的なものであり、実質的判断として、行為者に法益の維持・存続が具体的かつ排他的に依存しているか否かという観点も考慮要素となるとされています。今回のケースでは、Fは「幼年者」であり、Kの子であるため、民法820条の義務が認められます。また、Kは車の鍵を閉めて外出したため、Fは車内から出ることが出来ず、その結果、脱水症状を引き起こしたといえるので、KにFの生命の維持・存続が具体的かつ排他的に依存していたといえます。よって、Kは「老年者、幼年者、身体傷害者又は病者を保護する責任のある者が」に該当します。
第二に、「これらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったとき」ですが、まず、「これらの者」とは、「老年者、幼年者、身体傷害者又は病者」を指します。今回のケースでは、「幼年者」であるFのことです。次に、「遺棄」とは、主体と客体の場所的離隔の生じるものをいい、本条では、移置のみならず、置き去りも含むとされているのが判例の立場です(最判昭34・7・24)。「移置」とは、要保護者を危険な場所に移転させることをいい、「置き去り」とは、行為者が離れていって要保護者を危険な場所に放置することをいいます。具体例を挙げると、病気のXを車で山まで運び山中で捨てる場合は「移置」であり、登山し遭難した際、病気のXを山中に置いて帰る場合は「置き去り」です。その次に、「その生存に必要な保護をしなかったとき」とは、場所的離隔を生じさせず、要保護者の生命・身体の安全のための保護責任を尽くさないことをいいます。具体例を挙げると、同居している寝たきりのXに食事を与えず放置した場合です。今回のケースでは、Kは、Fを車に残して店内へ向かいましたが、35度を超える炎天下の中、エアコンの付いていない車内は、子どもが過ごす上で極めて危険な場所であるので、かかる行為は「置き去り」といえます。よって、「これらの者を遺棄したとき」に該当します。
以上より、Kの行為は218条に該当するといえます。
次に219条を検討します。
第一に、「前2条の罪を犯し」ですが、上記の通り、Kの行為は218条に該当するので、「前2条の罪を犯し」に該当します。
第二に、「よって人を死傷させた者」ですが、今回のケースでは、Kの置き去り行為によって、Fは脱水症状を引き起こし、死亡したため、Fは「よって人を死傷させた者」に該当します。
次に、違法性と責任ですが、違法性に関しては正当防衛(36条1項)などに該当するような事実はなく、責任に関してもKは心神喪失者等でないので、以上見てきたことをまとめるとKの行為に保護責任者遺棄致死罪(219条)が成立するといえそうです。
・保護責任者遺棄致死罪と殺人罪の区別
刑罰について解説する前に、保護責任者遺棄致死罪と殺人罪の区別について少し解説をします。
両者の区別は、一般的に「殺意があったかどうか」によって決せられるとされています。判例では、生後6ヵ月に満たない者に生存に必要な食物を与えなかった事案において、「養育の義務を負う者が殺害意思を以て故らに被養育者の生存に必要なる食物を給与せずして之を死に致したるときは殺人犯にして刑法第199条に該当し、単に其義務に違反して食物を給与せず因て之を死に致したるときは生存に必要なる保護を為さざるものにして刑法第218条第219条に該当す。要は殺意の有無に依り之を区別すべきものとす。」として殺意の有無によって決せられると判示しています(大判大4・2・10)。
しかし、近時の判例をみると、殺意という主観面だけでなく、「重大な先行行為」があったかどうか(cf.親の子への虐待)や「被害者の生命に対する危険の程度」など、客観面も考慮して判断する傾向があります。
よって、両者の区別は、まず殺意の有無をみて、その上で事件ごとに、客観面を加味しつつ慎重に判断されるということです。
・刑罰について
では成立したとしてどのような刑罰が科せられるでしょうか。本条では、「傷害の罪と比較して、重い刑により処断する」と書かれています。これは、刑法の27章に規定されている傷害の罪(204条~208条の2)と比べて刑期が決められるということです。今回は被害者が死亡しているため、205条の傷害致死罪の刑期である「3年以上(20年以下)の懲役」と、保護責任者遺棄罪の「3月以上5年以下の懲役」を比べることになり、重い(長い)刑が科せられるのは前者であることから、期間に関しては「3年以上20年以下」となります。
・まとめ
よって、Kの行為は保護責任者遺棄致死罪(219条)にあたり、「3年以上20年以下」の懲役が科せられるということになります。
刑に関しては、初犯か、前科を持っているか、などによって変わります。
愛宕警察署 東京都港区新橋6丁目18-12 03-3437-0110