東京大森 逮捕 受託収賄,贈賄事件
- 2021.12.10
- コラム
弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所 東京支部
受託収賄罪,贈賄事件について,弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部が解説します。
2021年10月3日、東京都大田区在住のJは、大田区議会議員であり、現在区議会では、国道X号沿いにあるトンネルの工事(以下、本件工事)をどの業者に依頼するかについて話し合われている。同月5日、Jは本件工事を希望するHから、「あの工事、うちの業者でやることで進めてくれないか。あんたには沢山払うからさ。」と言われた。Jは、「分かりました。今後ともよろしくお願いします。」と言い、Hから500万円を受け取った。同月8日、Jが区議会において本件工事をHの業者に頼むよう他の議員を説得した結果、本件工事はHの業者に依頼することとなった。しかし、Jの態度に疑問を持った議員による調査の結果、JがHから現金500万円を受け取っていたことが判明したため、Jは大森警察署に逮捕された。
この場合、Jは何の罪に問われるでしょうか。また、Hにも何らかの罪が成立するのでしょうか。
*フィクションです。
・受託収賄罪の成否
賄賂の存在については昔からテレビや漫画で度々取り上げられるため、知っている方も多くいらっしゃると思いますが、実際にどのような行為をして何の罪に問われるかについてまでは、知らないのではないでしょうか。今回のケースでは、区議会議員が業者から便宜を図るためにお金を受け取った場合です。この場合、どのような罪が成立するのか、以下検討します。収賄罪については刑法197条に記されています。
第197条(収賄、受託収賄及び事前収賄)
1 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の懲役に処する。
2 公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合において、5年以下の懲役に処する。
犯罪が成立するには、「構成要件に該当し違法且つ有責な行為」である必要があるので、構成要件に該当するか、から検討します。今回は1項を検討します。
第一に、「公務員が」ですが、公務員の定義については7条1項に記されています。
第7条(定義)
1 この法律において「公務員」とは、国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう。
今回のケースでは、Jは大田区議会議員であり、区議会議員は、選挙により満25歳以上で選挙権のある区民の中から選ばれ、身分は特別職の公務員です。よって、Jは「公務員が」に該当します。
第二に、「その職務に関し」です。「職務」とは、公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の業務をいいます。そしてこれは公務員が現に有する権限の範囲とは一致することを必要とせず、「一般的職務権限」に属する職務(公務員が担当する法的可能性が認められる職務)、又は「職務密接関連行為」であっても、「職務」に該当するとされています。簡単な例を挙げると、警視庁警部補として品川警察署に勤務しているXが、A事件について同庁目黒警察署に告発状を提出したYから、A事件について便宜を図る旨現金を収受した場合、Xの担当は品川警察署ですが、警察法等の関係法令では、警察官の職務権限は東京都全域に及ぶとされるため、Xは目黒警察署に事件についても担当する法的可能性が認められ、「一般的職務権限」に属する職務にあたり、「職務」に該当するということです。また、「職務密接関連行為」の例としては、市議会議員の会派内で市議会議長の候補者を選定する行為、医科大学教授が教育指導する医師を関連病院に派遣する行為や、県議員が他の議員を勧誘して議案に賛成させる行為などが挙げられます。今回のケースでは、JはHから、本件工事について便宜を図ることを約束し、現金500万円を受け取った後、区議会において本件工事をHの業者に頼むよう他の議員を説得しました。大田区では、地方自治法96条1項5号を受けた「大田区議会の議決に付すべき契約、財産又は公の施設に関する条例」2条により、予定価格1億5000万円以上の工事の請負契約を締結するには、議会の議決を要するとしています。したがって、かかる行為は「一般的職務権限」に属する職務といえるでしょうし、少なくとも「職務密接関連行為」の上記例とほぼ同様の事案といえるため「職務密接関連行為」といえ、「その職務に関し」に該当します。
第三に、「賄賂を」ですが、「賄賂」とは、公務員の職務に関連する不正な報酬としての一切の利益を指します。そして賄賂には職務との対価関係が必要であり、金銭に限らず、およそ人の需要又は欲望を満足させる利益であればよいとされています。判例では上場予定の株式会社の未公開株式も本罪の客体になり得るとしています(最決昭63・7・18)。今回のケースでは、Jの収受した現金500万円は、Hの便宜を図ることに対する金銭であるため、職務との対価関係を有し、「賄賂を」に該当します。
第四に、「収受し、又はその要求若しくは約束をしたとき」ですが、「収受」とは、賄賂を受け取ること、「要求」とは、賄賂の供与を請求すること、「約束」とは、贈賄者と収賄者との間に賄賂の収受について意思の合致がみられることを指します。今回のケースでは、Jは「賄賂」である現金500万円を受け取っているので、「収受し…たとき」に該当します。
第五に、「請託を受けたとき」ですが、「請託」とは、公務員に対し、その職務に関して一定の職務行為を依頼することを指します。そしてその依頼の内容は不正か否かは問いませんが、ある程度具体的なものでなければなりません。判例では「何かとお世話になったお礼」のみでは請託があったとはいえないとしています(最判昭30・3・17)。今回のケースでは、JはHに、「あの工事、うちの業者でやることで進めてくれないか。あんたには沢山払うからさ。」と依頼され、その対価として現金500万円を収受しました。よって、「請託を受けたとき」に該当します。
次に、違法性と責任ですが、違法性に関しては正当防衛(刑法36条1項)などの事実はなく、責任に関してもJは心神喪失者等でないので、以上見てきたことをまとめるとJの行為に受託収賄罪(197条1項後段)が成立するといえそうです。
・加重収賄罪の成否
次に、Jは実際に区議会において本件工事をHの業者に頼むよう他の議員を説得し、本件工事をHの業者に依頼されるようにしました。Jは賄賂を受け取りHの依頼のとおりのことを行っていました。このように賄賂を受けて依頼されたことを行った場合は、加重収賄が問題になります。
第197条の3(加重収賄及び事後収賄)
公務員が前2条の罪を犯し、よって不正な行為をし、又は相当の行為をしなかったときは、1年以上の有期懲役に処する。
「不正な行為をし、又は相当の行為をしなかった」とは、積極的若しくは消極的行為によりその職務に違反する一切の行為をいいます。したがって、ただ特定の業者と契約することを薦めるだけでは該当しません。もっとも、入札によるべきところを強いて随意契約にした場合など、職務上の義務に違反するような裁量の行使をした場合は該当する可能性があります。
・贈賄罪の成否
次にHの行為について検討します。今回のHの行為には、贈賄罪成立の疑いがあるため、198条を検討します。
第198条(贈賄)
第197条から第197の4までに規定する賄賂を供与し、又はその申込み若しくは約束をした者は、3年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処する。
第一に、「第197条から第197の4までに規定する賄賂を」ですが、今回のケースでは、上記の通り、Jの受けとった現金500万円は受託収賄罪(197条1項後段)に規定する賄賂であるため、「第197条から第197の4までに規定する賄賂を」に該当します。
第二に、「供与し、又はその申込み若しくは約束をした者」ですが、「供与」と「約束」については収賄罪と同様の定義であり、「申込み」については、収受を促すことを指します。今回のケースでは、Hは上記「賄賂を」Jに収受させたため、Hは「供与し…た者」に該当します。
次に、違法性と責任ですが、J同様、違法性に関しては正当防衛(刑法36条1項)などの事実はなく、責任に関してもHは心神喪失者等でないので、以上見てきたことをまとめるとHの行為に贈賄罪(198条)が成立するといえそうです。
・刑罰について
では成立したとしてどのような刑罰が科せられるでしょうか。197条1項後段では、「7年以下の懲役に処する。」、198条では「3年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処する。」と書かれています。よって、前者の期間については「1月以上7年以下」、後者の期間については「1月以上3年以下」、罰金が科せられる場合については「1万円以上250万円以下」となります.
・まとめ
よって、Jの行為は受託収賄罪(197条1項後段)にあたり、「1月以上7年以下」の懲役が科せられ、Hの行為については贈賄罪(198条)にあたり、「1月以上3年以下」の懲役又は「1万円以上250万円以下」の罰金が科せられるということになります。
刑に関しては、初犯か、前科を持っているか、によって変わります。
大森警察署 〒143-0014 東京都大田区大森中1丁目1-16 TEL:03-3762-0110