東京世田谷 逮捕 殺人予備罪
- 2022.01.20
- コラム
弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所 東京支部
殺人予備について,弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部が解説します。
2021年11月、東京都世田谷区在住のNは、同区のB病院で看護師として働いている。同月3日、Nは担当していた患者VとVの治療について口論になった。日頃の疲れとストレスからNは、「この際、Vを殺すか。」と考え、Vに投与予定の点滴袋(以下、本件袋)に、致死量の薬物を混入させた。後日、同病院で勤務している医師Cは、Nと同様にVを担当していたので、確認のため本件袋を見た際、中身が本来とは異なる色に発色していたため、すぐさま本件袋を調べたところ、致死量の薬物が混入していることが分かった。Cは何者かが混入させたに違いないと思い、世田谷警察署に通報したところ、捜査の結果Nが混入させたことが発覚したため、Nは現行犯逮捕された。
この場合、Nは何の罪に問われるでしょうか。
(こちらは事実に基づいたフィクションです)
・殺人予備罪の成否
犯罪類型の中には、「予備罪」という罪があります。これは後述しますが、簡単に言うと、犯罪の準備行為を行った場合に成立する犯罪です。今回のケースでは、看護師が患者の点滴袋に致死量の薬物を混入させた場合です。この場合、どのような罪が成立するのか、以下検討します。今回問題となる殺人予備罪については、刑法201条、199条に記されています。
第201条(予備)
第199条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、2年以下の懲役に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。
第199条(殺人)
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。
犯罪が成立するには、「構成要件に該当し違法且つ有責な行為」である必要があるので、構成要件に該当するか、から検討します。
まず、「第199条の罪を犯す目的で、その予備をした者」です。「第199条の罪」とは、殺人罪であり、「その」とは、殺人罪を指します。そして、「予備をした」とは、「(実行行為に至らない)準備行為」を指します。以上より本条をまとめると、「殺人罪を犯す目的で、殺人罪の(実行行為に至らない)準備行為をした者」を処罰する規定となります。
では、殺人罪の(実行行為に至らない)準備行為とは何でしょうか。
殺人罪の準備行為といえるには、殺人の実行を可能にし、又はこれを容易にする行為が当たります。
一方で、実行行為とは、「法益侵害の現実的危険性を有する行為」をいいます。そして、実行行為を開始したかどうかの判断基準は、「構成要件的結果発生の現実的危険性を惹起する行為を開始した時点に実行の着手を認める」というのが一般的です。簡単に言うと、結果を起こす恐れのある行為を開始した瞬間からということです。例えば、Aが2m前方にいるBを殺害しようとBの頭部めがけてピストルを撃つ場合、ピストルの引き金を引いた瞬間に、ピストルの弾がBに当たりBは死亡するといえるので、この瞬間こそ、「Bの死亡という結果発生の現実的危険性を惹起」したといえます。一方、AがB殺害のため、事前にピストルを用意した段階では、Bにピストルの弾が当たるのか、または、その前にAがピストルを撃つのかどうかさえ分からないので、「Bの死亡という結果発生の現実的危険性を惹起」したとはいえないため、殺人罪の実行行為には着手していないといえます。もっとも、AがB殺害のためにピストルを用意したことで、AはピストルによりB殺害が可能になり又は容易になったといえるため、かかる場合にAはB殺害の準備行為には着手しているといえるので、殺人予備罪が成立する可能性が高いです。
今回のケースでは、Nは日頃の疲れとストレスから「Vを殺すか。」と考え、本件袋に致死量の薬物を混入させました。そして本件袋はVに投与予定ではあったものの、実際にVに投与しなければ薬物を摂取することはないので、Nの混入行為の段階では、「Vの死亡という結果発生の現実的危険性を惹起」したとはいえず、実行行為に着手したとはいえません。しかしながら、NはV殺害の目的を有しており、NがVの担当看護師であったことから、Vに投与予定の点滴袋に致死量の薬物を混入させれば、後日Nが投与する、あるいは医師Cなどの他の病院関係者が投与することでVの殺害を可能にするといえるので、上記行為は殺人罪の準備行為にあたるといえます。よって、Nは、「第199条の罪を犯す目的で、その予備をした者」に該当します。
次に、違法性と責任ですが、違法性に関しては正当防衛(刑法36条1項)などの事実はなく、責任に関してもNは心神喪失者等でないので、以上見てきたことをまとめるとNの行為に殺人予備罪(201条)が成立するといえそうです。
・刑罰について
では成立したとしてどのような刑罰が科せられるでしょうか。本条では「2年以下の懲役に処する。」と書かれています。よって、期間については「1月以上2年以下」となります。なお、「ただし、情状により、その刑を免除することができる。」と書かれているので、場合によっては刑が免除されます。
・まとめ
よって、Nの行為は殺人予備罪(201条)にあたり、「1月以上2年以下」の懲役が科せられ、場合によっては刑が免除されるということになります。
刑に関しては、前科の有無、情状酌量の余地の有無等によって変わります。
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