東京都中野区 逮捕 窃盗罪と占有離脱物横領罪
- 2020.11.04
- コラム
弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所 東京支部
窃盗罪と占有離脱物横領罪について,弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部が解説します。
東京都中野区在住のYは、会社への通勤のため、自宅の最寄り駅である中野駅まで自転車で移動している。自転車は駅前の駐輪場に停めており、その駐輪場は特に契約する必要もなく、無料で停めることのできる場所となっている。2020年4月から会社が在宅勤務を取り入れた関係で、Yは自転車に乗ることが無くなった。そして自転車は最後に使った日(2020年3月30日)から現在まで駐輪場に停めており、Yは施錠するのを忘れていた。
2020年8月、同じく東京都中野区在住のGは、中野駅から徒歩30分のスーパーに行こうと思い立ち、駅前の駐車場を横切ったところ無施錠の自転車を発見した。Gは「スーパーに行くだけだから後で返せば良いだろう。」と思い、その自転車に乗ってスーパーへ行った。買い物を終えたGは、駅に向かう途中、見回りをしていた警察官に職務質問をされた。そこで乗っていた自転車がG所有のものではなく、Y所有のものであることが判明したため、Gは中野警察署に現行犯逮捕された。
この場合、Gは罪に問われるのでしょうか。
・窃盗か、占有離脱物横領罪か
第235条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
第254条(遺失物等横領)
遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料に処する。
窃盗罪は刑法235条、占有離脱物横領罪は刑法254条に記されています。ここでは遺失物等横領罪を占有離脱物横領罪と呼ぶことにします。
万引きやひったくりなど、人の物を盗むことを処罰する罪として窃盗罪があるのは、みなさんご存知だと思います。
ですが占有離脱物横領罪はどうでしょうか。条文に記されている通り、「遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物」を「横領した」ということなので、簡単にいってしまえば、街中に放置されているものを勝手に使用したら問われる罪だということです。では、この両罪を区別する基準は何なのでしょうか。それは、その物が占有を離れたか否か、つまり所有者(被害者)の支配下にあるかどうかの総合的な判断です。
例えば、手に持っているバッグを街中で盗られた場合や、自宅内にあるバッグを空き巣が盗んだ場合などは、バッグはどちらとも所有者の支配下にあるといえます。
また判例では、バスを待つ行列中に被害者がカメラを置き忘れたことに、約5分後、約20m離れたところで気付いた場合、そのカメラは被害者の実力支配内にあったとして、窃盗罪の成立を認めたものや、被害者がポシェットを公園のベンチに置き忘れ、約27m離れた場所まで歩いて行った場合にも、そのポシェットに対する占有は失われていないとして窃盗罪の成立を認めたものもあります。つまり実際に手に持っていなくても、場所的、時間的離隔が僅かな場合は、所有者の支配下にあると認められる可能性が高いということです。また、元の所有者の支配下を離れたといえたとしても、家屋や構内などに残された物では、その場所を排他的に管理支配する者の支配下に移ったと認められる可能性があります。
では今回のケースはどうでしょうか。Gが乗った自転車は、G所有ではなく、Y所有のものです。ですが、2020年3月30日から駅前の駐輪場に停めており、Yは施錠することも忘れていることから、自転車を長時間放置しているといえます。判例では市場の自転車置き場と事実上なっている人道橋に自転車を無施錠で放置した場合に被害者の占有を認めたので、自転車を駅前の駐輪場に停めている人が、通勤などによって利用しているのが一般的となっているのであれば、Yの占有が継続中であると認められる可能性はありますが、Yは4か月もの長期間自転車を放置しているため、現在もYの支配下にあるとするのは難しいといえます。以上から、本件自転車はYの支配下にあるとはいえません。また、駅前の駐輪場は不特定多数の人が出入りできる場所ですので、駐輪場の管理人の支配に移ったともいえないと思われます。したがって、今回のケースは占有離脱物横領罪のケースだと考えられます。
・占有離脱物横領罪が成立するか。
ではGの行為に占有離脱物横領罪が成立するか検討します。犯罪が成立するには、「構成要件に該当し違法且つ有責な行為」である必要があるので、まずは構成要件に該当するか、から検討します。
第一に、「遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物」ですが、前述した通り本件自転車は、Yの支配下にはないといえるので、該当するといえます。
第二に、「横領した」ですが、本罪の横領は「不法領得の意思に基づいて目的物を自己の支配下に置くこと」をいいます。
不法領得の意思とは、①権利者を排除して所有者として振る舞う意思(排除意思又は振る舞う意思)と、②物の経済的用法に従って利用又は処分する意思(利用・処分意思)のことを指します。
具体例を挙げて説明すると、他人のバッグを盗み、そのバッグをあたかも自分の物であるかのように日常的に使用しようとした場合、①排除意思②利用・処分意思ともに認められると考えられます。
今回のケースでは、Gは中野駅から徒歩30分のスーパーに行くためにYの自転車に乗りました。この時Gは、「スーパーに行くだけだから後で返せば良いだろう。」と思っていました。このGの考えに①排除意思と②処分・利用意思が認められれば、不法領得の意思があったと認定できます。②処分・利用意思に関しては、スーパーに自転車に乗って行こうと考え行動に移していることから、Gに②があったと認められます。ですが、①排除意思に関しては、一般的に他人の財物を一時使用した後にすぐに返還する意思でその占有を侵害する行為については罪に問われないとされています。つまり”一時的に借りるだけ”なら処罰されない可能性があるということです。少し借りて返すのであれば権利者を排除するとまではいえないという趣旨から導き出された結論であるといえるでしょう。
よって、今回のケースでは、Gは自転車を一時的に借りようと思っただけなので、①排除意思がないと認められれば無罪ということになります。
・排除意思と利用・処分意思
排除意思と利用・処分意思についてもう少し踏み込んで解説します。
”一時的に借りるだけ”なら処罰されない可能性があると説明しましたが、今回のケースのように自転車ならまだしも、高級車などを”一時的に借りるだけ”として乗り回す行為だと、短時間でも物に生じる危険が大きく、これを排除意思が無いとして不可罰とするのは被害者にあまりに酷です。よって、排除意思の内容を①本権を有する者でなければ使用できないような態様において利用するする意思、又は②社会通念上使用貸借又は賃貸借によらなければ使用できない携帯において利用する意思と解するのが一般的です。判例では、返品を装い代金相当額の交付を受けようとしてスーパーから商品を持ち出す行為や景品交換の目的で磁石を使いパチンコ玉を取る行為などについて、財物の返還意思が認められても排除意思は否定されないとしています。
利用・処分意思について問題となる場合は、厳密には物の経済的用法に従っているとはいえない利用の意思がある場合です。例えば、テレビを盗んだ犯人が、盗んだテレビを鑑賞用ではなく、ストレス発散のため破壊するという目的で盗んだ場合は、厳密には物の経済的用法に従っているとはいえません。この点について、利用・処分意思の内容を①本性にあった利用意思、又は②財物から生じる何らかの効用を享受する意思と考えるのが一般的です。ですのでストレス発散のために破壊するという目的でも利用・処分意思があるといえます。判例でも、性的目的の下着窃盗の場合に利用・処分意思を肯定しています。
・まとめ
よってGの行為に窃盗罪(235条)、占有離脱物横領罪(254条)ともに成立しないとして、無罪になります。
ただし、個別具体的な事情により、Gの行為に排除意思が認められるのであれば、不法領得の意思があるとして、占有離脱物横領罪で有罪となります。さらに、自転車がY又は駐輪場管理者の支配下にあったと認められるのであれば、窃盗罪に問われる可能性があります。