東京都 略取・誘拐罪
- 2023.09.01
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弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所 東京支部
弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部が、略取・誘拐罪について解説します。
①東京都世田谷区に住むAさんは、東京都渋谷区に住む妻Bさんと別居しており、現在離婚紛争中にあります。
Aさんの息子Vさん(11歳)はBさんが養育しているのですが、AさんはどうしてもVさんと生活をしたかったため、Bさんの許可を得ないままVさんを連れ出そうと考えました。
そこでAさんはVさんが下校中で一人の時を狙って、「お母さんは旅行に出かけるから、少しの間お父さんと一緒に暮らそう。お母さんには話をしてあるから大丈夫だよ。」と告げ、Vさんを車に乗せて帰りました。
②東京都立川市に住むCさんはお金に困っていたため、身の代金を要求する目的で、東京都中央区なる銀行の社長Xさんを誘拐しました。
その後、CさんはXさんが社長を勤める銀行の幹部らに身の代金を要求しました。
上記①②の場合、Bさんは渋谷警察に、銀行の幹部らが中央警察に相談に行きました。
それぞれ、AさんとCさんにはどのような罪が成立するのでしょうか。
(この話は事実を基にしたフィクションです。)
~未成年者略取・誘拐罪~
まず、①においてAさんは嘘をついて11歳であるVさんを連れ去っているので、かかるAさんの行為には未成年者誘拐罪(刑法224条)が成立する可能性が高いです。
刑法224条 「未成年者を略取し、又は誘拐した者は、3月以上7年以下の懲役に処する。」
同条における「略取」とは暴行・脅迫を手段として人をその生活環境から不法に離脱させて自己又は第三者の事実的な支配下に移す行為をいい、「誘拐」とは欺罔・誘惑を手段として人をその生活環境から不法に離脱させて自己又は第三者の事実的な支配下に移す行為をいうと考えられています。
本件におけるAさんは「お母さんは旅行に出かけるから、少しの間お父さんと一緒に暮らそう。お母さんには話をしてあるから大丈夫だよ。」と嘘の話を告げているところ、このようなAさんの行為は欺罔を手段とした「誘拐」に当たると判断される可能性が高いです。
もっとも本件でVさんを誘拐したのは関係のない第三者等ではなく、Vさんの父親であるAさんです。
このような場合にも未成年者誘拐罪の成立を認めてもよいのでしょうか。
ここで監護権者が未成年である子どもを誘拐した場合にも未成年者誘拐罪の成立が認められるかが問題となります。
これについて、過去の判例(最決平成17年12月6日)では「本件において、被告人は、離婚係争中の他方親権者であるBの下からCを奪取して自分の手元に置こうとしたものであって、そのような行動に出ることにつき、Cの監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから、その行為は、親権者によるものであるとしても、正当なものということはできにない。」と述べられました。
この判例の考えによると、たとえ監護権者であろうと未成年である子どもを誘拐した場合には未成年者誘拐罪が成立するということになります。
したがって本件でもAさんの行為がVさんの監護養育上現に必要とされるような特段の事情は認められないので、この行為には未成年者誘拐罪が成立すると判断される可能性が高いです。
~身の代金目的略取等罪と解放による減軽~
次に、Cさんは身の代金を得る目的でとある銀行の社長であるXさんを誘拐しているので、かかるCさんの行為には身の代金目的誘拐罪(刑法225条の2第1項)が成立すると考えられます。
刑法225条の2第1項 「近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、無期又は3年以上の懲役に処する。」
条文にもあるように身の代金目的略取等罪が成立するには「近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じて」行われる必要があります。
本件でCさんは銀行の幹部らに対して身の代金を要求していますが、この行為は「安否を憂慮する者の憂慮に乗じて」行われているといえるのでしょうか。
ここで「安否を憂慮する者」の意義が問題となります。
これについて、「安否を憂慮する者」の範囲を限定的に捉え、被拐取者を事実上保護していた者のみを「安否を憂慮する者」と考える説も存在します。
この考えを用いると、銀行の幹部らはXさんを保護していたわけではないので、「安否を憂慮する者」には含まれないと考えられます。
もっとも過去の判例(最決昭和62年3月24日)ではこの点について、「単なる同情から被拐取者の安否を気づかうにすぎないとみられる第三者は含まれないが、被拐取者の近親でなくとも、被拐取者の安否を親身になって憂慮するのが社会通念上当然とみられる特別な関係にある者はこれに含まれる」と述べられました。
これを本件について見てみると、銀行の幹部は社長が誘拐された場合には社長の自由を回復するためにいかなる財産的犠牲もいとわないと通常考えられます。
したがって、上記判例の考えを用いると銀行の幹部らは被拐取者の安否を親身になって憂慮するのが社会通念上当然とみられる特別な関係にある者として、「安否を憂慮する者」に含まれると考えられます。
以上より、本件Cさんの行為には身の代金目的誘拐罪が成立する可能性が高いです。